「ただいま!シチリア」COMU VENI SI CUNTA
何年振りかな。2017年にはSant’Alfioという街の近代美術館の立ち上げメンバーとして招待してもらい、2018年には引き続き従兄弟の子に学校のArt Work Shopに招待してもらい学校の壁画をしたり。。。いつも家族三人できたんだよね。いつもおれたちはシチリアの家族、シチリアの友人に囲まれ、俺自身自分の何かが大きく開放された時間だったと記憶している。
あの時おれは、ぼそっと親戚の一人に言ったことがあった。「いつか俺はシチリアに住むよ」ーーーそうそうそんな事を俺は調子に乗って言っていたんだ。すっかり忘れていた。今回帰ってきてその従兄弟から「マジで本当に、住むんだね、前聞いた時信じていなかったよ!(笑)」という温かいツッコミ。友人からも「ARRICOGGHITI」(家に帰っておいで)という言葉をうけていた。。。なんとも温かい人が多くて感謝しかない。
空港に到着するとそこには親戚のおじさんと従兄弟の子が待っていた。なんとも言えない。言葉も完全にはわからない、でもただその二人はニコニコしながら自分の娘をすぐに抱擁してくれ昨日もあったかのような不思議な親近感がある。空港のBARですぐに、カターニャといえば!のチポリーナ(パンに玉ねぎをいれた食べ物)とキノット(シトラスのソーダジュース)を買ってくれ、さぁ「マンジャ!食べなさい!」が始まる。。。 何かが始まり出したが、どこか自然で、異常な緊張感はないし、「まぁどうにかなるだろう(COMU VENI SI CUNTA)」が押し寄せる、不思議な感じだ。こんな思いにさせてくれる人々やこの場所に感謝する
海外引越し何回しただろう、東京➖LA➖東京➖LA➖San Diego➖逗子➖Honolulu➖東京➖シチリア。。。。
海外引越し、毎度思いますが、そりゃ旅行と住むのはとんでもなく違う。
言葉の勉強もいちからやり直しだ。生活様式も色々しらないことがある。
なんか、すげぇ日々だ。53歳の青春といった感じかもしれない。
毎朝目が覚めると窓の外からはイタリア語(シチリア語)が聞こえてくる、
そしてふと思う、「そうか、俺は日本に帰る場所を置かず、飛び出してきたのだ、ここが俺たちの住む場所なんだ」腹の奥底がフワフワしてくる。
今後、そんな日々も含めてすこしずつ書いていこう
PS.8年前、あれからいろんなことがあった、右に行ったり左行ったり、壁にぶつかり方向変換を繰り返した。でも前には少しづつ進んでいたかもね(笑)まっ、そんな事はほっておいてだが、家族三人で思わず、本当にやってきてしまったのである。

