「謝る」の概念を少し変えてみた
以前アメリカで仕事をしていた時に、一緒に働く人たちにシェアしたアイディアがある。
「アメリカでは問題がおきても、カスタマーサポート、まず謝ったりしないじゃん?、でも謝るってコンセプトをちょっとモディファイしません? 謝る=自分たちの非、と定義したら、そりゃ誰も謝りたくないですよね、私も意味わかります。だってどこに非があるかわからないのに、相手がお客さんだからってだけで、まずWe are very sorry!なんて言いませんよね。でも何か我々との関係性の中で、相手が何か不満、不快感、悲壮感をもっていたら、同情ってできません?」
文化的文脈があるんで、前置き長いんですが(笑)、こんな質問をしてみました。すると
「そうだね、私もそんな立場になっている人の気持ちはわかる!」とのこと
なるほど〜。これはいける(ニヤリ)などと思い、こう続けました。
「じゃあ、We are sorry for how you feel、は言えるんじゃない?そしたら気持ちは和らぐかもね?」
「確かに、そうかもね」との答え
ここから、少しだけカスタマーサポートへの姿勢が変わったとか変わらなかったとか(笑)
謝病は和病?
「謝」は「言(言葉)」と「射(矢を放つ)」を合わせた文字で、心の中の負担や気持ちを言葉にして外へ放ち、緊張を緩める・伝えるという意味を持っています。との事なので、謝罪の目的は問題解決の改善行動とは別に存在するって思うんです。
さて、日本の企業なんかがよく謝罪会見をします。なんとも、深々とお辞儀をして、何秒も顔を上げずに、その間にカメラマンがシャッターを切りまくります。
周囲も、もうなんというか、中世の広場で吊るし首にでもするいきおいです。処分とか懲罰などがあれば、周囲は謝罪している人たちを罪人あつかい。
こりゃ、しんどいです。謝る事だけが目的になってしまうともったいないです。
でも自分は思います。上記の通りのコンセプトでいえば、緊張緩和を目的としてのイニシャルアクションとして、あやまるのはいいのですが
(関係者がおそらく聞きたいのは)
– どうしてその問題は起きたのか?(把握しているのか)
– 根本原因解析はできているのか?
– それに対しての解決策はあるのか?
– それは再発防止策なのか未然防止策なのか?
– タイムライン、いつから改善されるのか?
– 改善策が施行されるまでの間はどういった対処や問題が予想されるのか?
– それに対してこちらは何かする必要があるのか?
などの基礎的な解答なのではないかな、と思います。
もし、上記項目において、その時に回答できない項目のものは、
期日をつけて回答することでその場の進捗は明確になります。
聞く側が聞きたいのは、知りたいのは、この人たちが今後「信頼するに足りる人たち」なのかどうか?です。
問題の根本原因がわかっていて、ミスは起きたがこれ以上問題が拡大化しない事だったり、いついつまでに改善できるのだなというタイムラインだったりするわけだと思うのです。(聞く側の、あやまれ!土下座しろ!みたいな、問題解決行動とは離れたところの緊張緩和の強要をするだけでは自分たちにとっても効果がないと、聞く側も学ぶべき部分もあるかなーとも思います。)
昔、韓国と日本間の製造業の電子部品営業してまして、不良品の対策で、
こんなコミュニケーションの仕事をよくしていました。。。
PS. 謝罪しろ!説明責任しろ!なんていわれたら、そりゃしんどい仕事なわけですから、適切なフォーマットや方法論を持って(できるだけ必要な事だけで)いきましょう!などと思ったりします。

