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アイディア大学への挑戦理由

イタリアのミラノとトリノの中間くらいにビエラという街があり、そこにアイディア大学という機関があります。そこでは多様なプログラムが常に開催され世界中の知識人が集まり、ワークショップ、会議、創作活動などに努めます。2016年アイディア大学のプログラムに参加しました。

俺は38歳の時に絵を描き出し、絵を買ってくれる人が現れ始め、アーティストの道を進もうと思った訳ですが、すぐさまに「しっくりこない」感覚に歳悩まされます。

私が当時いた環境では(アートを通しても)多くの人と会話することがしっくりこなかった。子供のアニメにみる勧善懲悪のようなバイナリー思考、わかりやすい白黒のイデオロギー、わかりやすい「結末」。そして文化的でないその商業的空気、その強いられた勝負に、心が枯渇していった。原画がいくらで、印刷を何枚刷ればいくらになって、どこのギャラリーに行ってごますりをして、Keyになる人を知り合いになって、、そんな事俺には重要でなかった、どうでもよくなった、そんな気持ちを覚えています。

でもそれをポジティブにバックアップする建設的な考えが私には整っていなかった。

私は無知だった。刺激を求め、学ぶことに躍起になり、そうですね、正直に言えば焦っていた。当時、家では、あえてハリウッド映画は見ることはなく、結論が理解に苦しむような映画ばかり見ていた。

そんな映画をみながら。私は外の世界に目を向けました。映画のその場所に行こう!新しい言語も勉強し出しました。妻と相談しながら、私よりももっと知見の深い人たちとの関わりを求めました。そして見つけたのがイタリアのビエラにあるアイディア大学でした。

そこでは1週間「円の概念」について色々な角度から議論を続けました。しかし、やっとこれた!楽しむぞ!と思うも、、、、始まってみれば、楽しい気持ちなんてのは皆無、優秀な参加者たちには圧倒され、哲学的な事も概念的な事も文化的な事も、自分の考えすらも、全くうまく伝えられない。ゲスト教授たちからも学びつつ、新しい感覚にさらされるとともに、私は自分の「無知」が露呈しました。はじめの3日は心から恥ずかしい気持ちが、とても悔しくて、もがきました。それを補うために、その日学んだ事や自分が言った事を反芻して、毎夜、書物を読みちぎっていました。(その時のおもしろい話はまた別途!)

でも思いますね、その時に体験した知識習得への情熱と開放感は、今の自分のアートと生活自体の基礎になりました。アートの世界に入るウォームアップは米国で始まりましたが、アートの世界には、その体験、その場所から広がった、そんな気がしています。

「しっくりこない」を生み出している根底には「無知」があります。私は周りのせいにしていたかもしれません。それ以来、私はしっくりこない時は、学ぶことを増やす、学ぶことにしています。だから、周囲のせいにしても不毛でしかなくて、学びをする場所へ移動する、これが絶対に大切だなと、心から思います。

自由に学ぶ選択ができる場所に身を置く、今後もここにフォーカスしたい。(そのために言語ももっと知りたいな、と思うんですね)

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