このクイズ知っています?ネットで調べればすぐ出てくると思います。
「お客さんが無限に泊まれるホテルが、満員だそうです。あと一人だけ泊まらせるためにはどうしたらいいでしょうか?」
難解です。無限なのに満員。無限のお客さん数が無限の部屋数と一致する「♾️=♾️」となると考えれば可能性はあります。。。私自身では答えを導くことはできませんでした。
はい、では答えです。すんませんネタバレです。
「宿泊者全員が一人づつ隣の部屋に移動する: 1+♾️=♾️」との事です。(数式的には成り立たないそうですが)なるほどです。♾️に新しい価値を足しても無限の概念は生き続ける、いいですね、この無限クイズ好きなんです。
一方、世の中はなんでも数値化すれば客観性のもったコミュニケーションが成り立つとされるケースが多くて(例えば、マーケティングの事例とか、金融資産の計算とかね)そういう学問もたくさんあるようです。就職面談でもそうですよね、知らない人に自分を知ってもらう場合「XX年でXX円の案件をXX%の割合で達成しました!」と数値でいえば万人がわかるような場合もあります。
私も海外に行った時に言葉がうまくしゃべれないものの(サバイバル術なのでしょうか)なぜか数字は結構うまく扱えたので、数字のコミュニケーションに助けられました。(日本では数学いつも赤点だったけど、コミュニティカレッジでは生徒をカフェテリアに集めて、数学の家庭教師やってました、、、マジで不思議な話です。その話はまた今度!)
しかしですね、数値化できるものには限りを感じることがあります。大きくなるとは数が増えるという事だと仮定した際、何かが豊富になる術は100が1000になるなどの事が多いでしょう。しかし1に注目して、1を何個に分解できるかを考えたらいかがでしょうか?例えば、Pizzaを二分の1に分けつづけるとしましょう、n x 50%, そのPizzaの数たるや無限です。

人間の可能性ってのもそんなふうに感じています。(自分に対しての希望なのかもしれませんね) 例えば外的要素をいくら増やしていくか、どういう質の外的要素を増やしていくか、などには限りがあります。しかし「1」という個を掘り下げてみたらどうでしょう?永遠の可能性がそこにはあります。
日本語で「わかる」=理解する、の語源は「分ける」から派生しているという説もあるようです。分ける。Pizzaを分ける。物事分け切れる事なんかありません、永遠に完全にわかる=分ける、事なんかないということかもしれませんね。だから情報氾濫のこの社会は、実は、わかったような人が多いだけかもしれないんです。
だから、自分は勉強を楽しんでいます。わからないが続く、分かったように思ったことが次の不思議を誘い出す、永遠とつづきます。永遠の旅ってのはいいもんです。(一つアドバイスがあるかと言えばですが、経験上言えるのですが、この「1」個の無限の発掘の旅を始めるには、いいことばかりではないかもしれません、他人には分かってもらえない旅も同時に始まるということはあると思います。それにどう対峙できるか、そこも分かり得ることのない学びかもしれません)
私はこの肉体が果てる時、もしかしたら何も達成はないかもしれません。でも、私が、その時まで「1」を掘り続ける行為をやめる障害がなかったら、そんな幸せなことはないだろうな、と思うんです。(さぁ、まずは運動だ!)
