しばらく書いていませんでしたね。って別に誰かに向けて書いているわけではないのですが笑、描くのもいいが、書くと自分の頭が色々整理できるので書いてみてます。
で、ですね、このDowntimeですが、私には幼少の頃からふとした瞬間にやってくる訳です。こいつが訪れると、SwitchがOffに入り、基本何もしなくなるか、できなくなる。
最近になって(本当いい歳こいてですが)やっと自分にとってのDowntimeのその意味や必要性を理解しだしています。おそらく感受性高いんですね、自分。幼少から若い頃からDowntimeが来る。InputとOutputのバランスをととのえるためのDowntime、なはずだったんだけどうまくつきあえていなかった。周囲の要求や期待にあわせてDowntimeを「若さ」で押しつぶして生きてきた気がします。またDowntimeになる事が「悪」や「罪」に感じてしまう事すらあった。(何もしないと単純に「サボっている」と怒られたりする訳ですから)
だから、私に突然現れるこのDowntimeの意味がわからず、必死こいてDowntimeを抜け出そうとしてみたり、「もがき」もありました。その時はどうやったって抜け出せないので、もうわけわかんない状態が嫌で、酒に逃げましたね。タバコをバカバカ吸い、ワインボトルがベットの横に山積み。あれは疲れた
そしてDowntimeを抜け出す=良い状態、と錯覚したまま、Downtimeにいる自分を卑下したりしていましたね。Downtimeが長い時は特にね。しかし今までの自分の過去を(統計的に)みてわかるのですが、その時の自分に応じて必要なDowntimeの「長さ」が訪れた。短い時もあるし長い時がある。その時の自分にとって必要な分だけ必要な時間、訪れます。
妻が言う、「DowntimeはあなたのProductivity(生産性)の1つの要素」 たしかに!なんだよね。ジャンプするためには膝を曲げるのと一緒。自分には自分なりの感受性があって、さまざまな感情や情報を吸収する。俺のアート?創造力を解き放つためには膝も思いっきり曲げなきゃね。だからね、ずっと自分にはDowntimeが必要だった。知らなかった。敵だと思っていた
俺はなんでこんなやっかいな思考サイクルを経ないといけないのだ、と思っていた時期もあるんだけど、昨今興味深い人をYoutubeで見かけ、Validation(検証:あっ俺やってること他の人もそうなんだ!と思えた)がありました。その人は海外の有名な大学の教授で天才みたいな人。その人も何時間も壁のシミをみつめたまま、時間を過ごす事があるそう、でね。何かそれを聞いて、俺も似ていることがある、とその人に言いたくもなった。
その人はその人、俺は俺、ではあるのですが、自分にとってのProductivity(生産性)でいうと字の如く、モノコトを作るProcessと鍛錬が24/7あります。その生産性を効率化するためにとった策、Downtimeは私が無意識にとっている解決策なのでしょう。これがないとえらいことになるのかもしれません。以前米国のセラピストにこの状態を「うつ病」だと診断されたこともあるんだけどね、実はね、俺にはDowntimeが必要なんだよ。直すとか直さないとかじゃない。
最近ではね、パタっと、Switchを切る。するといい事が頭や心や体でふつふつと起きてくる。最近もそれで、なんかすげーアイディアがでてきた。まっそれは又別途。
Downtimeはね、決して頼りはしないんだけどね、俺を守ってくれる、応援してくれる親友
