昨今ANGER MANAGEMENTなどという言葉が横行し、ブチギレる事自体のすべてが「悪」と言われる世の中でございますが、、、のお話です。
ある朝の出来事です。毎朝娘を近所の学校まで一緒に歩いて送る妻(ガイジン)。そしてそれに群がる近所の子供ご一行さまを毎朝見受けます。なぜかしらほとんどが女の子。その中に一人年上の男の子がいます。この子が、その「ある朝」なにかイライラしていたのでしょう、一人の比較的小さめの女の子を蹴り飛ばしました。 朝の空気が一気にどんよりとし、周りの女の子もびっくりして泣く始末。
と同時に、うちの妻が「なにやってんだ!」と激オコ(彼女のシチリアの血が沸騰、笑)。男の子は、口答えする、そしたら妻は「わたしに、そんな口の聞き方あんの?!」とさらに激怒。ガイジン大人が近所の子供達を守りながら、叱りつける通学の朝、なかなかの異空間、2024年の人間生活、まだまだ捨てたもんじゃないですね、笑
これについて考えるは
誰かのためにブチギレル、大人の瞬発ブチギレはマストやな、と。危険な状況、アンフェアな状況、などなど、その場で大人がタラタラと丁寧に論理的な説明してたら、未解決事件が多発することになるかもしれないわけです。瞬発力で危険は回避できるし、解決できることが多くある。(巷にはアホ子供のような大人もいるので、これまた世の混沌材料なのですが。。。それはさておき)
じゃ、なにがダメブチギレなの?ですが、おれには良いとかダメとかはわからんし、そんな偉そうな事しりません。でも、結果それが不毛になるかどうか、は判断基準あります。
「自分の思い通りにいかないことをイライラして、ブチギレル」。これ不毛地帯です。ハワイに住んでいた時によくみました。モールやビーチや公園で、発狂する観光客の親たち。ハワイは日本人が多いといえど、予想以上に、海外なわけですから、言語もそうです、なかなか「思い通り」にはめられない。これでイライラして、てなづけようと大人が子供に必死にブチギレてます。綺麗な海、太陽、虹を背景に、日本人の親がよくブチギレています。なかなかの光景です。(かくいう俺もそう育ったのでわかります、なかなかの体験です)
大学のスポーツチームに所属していまして、とある選手が「ぼくはプレーがうまくいかないとイライラしてしまうのですが、ANGER MANAGEMENTってどういう事です?」と聞いてきました。なるほど、周りの目がきになる世の中ですし、親にも怒られないし、自分が転ける前に手を差し伸べてしまう昨今、仲間同士の胸ぐら掴む喧嘩も少ない世の中、、、、を考慮すりゃ、そう思うか、と納得もします。しかし、私は「俺はマジで怒っているんだ!と認識をして怒ってるのもANGER MANAGEMENTだぜ(笑)天に向かって怒号をとどけろ!、、、巷のキレて問題起こすやつは自分がキレてるかわからん状態になるから問題起こすのよ。わかるこの違い?(笑)」と冗談こめて言います。
ANGER MANAGEMENTは「怒」を完全に抑え込むことがゴールではないって自分は思うからなんです。
人間らしく何をどうベストで表現するか?そんなときに喜怒哀楽の一つ欠けたら、ヒトが欠けていくんじゃねの?って危惧するんです。だから、To DO Not to Doの選択ではなく、HOWの選択、誰かを守るために発狂する瞬発ブチギレの必要性とかね、、、いいじゃない?、ってね思う。引き続き考えてみようと思います。
PS.(笑いながら怒る人、竹中直人のギャグを思い出します。パラドックス、いいですね。そんな事をおもいだして描いた絵は、ほほ笑む怒り天狗)

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