(絵、Nulla=無)
絵になるまで、いつも時間がかかる。今日は、その経緯、少し書き残してみたい。
考えがどんどん出りゃいいんだけど、いつもそうとは限らない。「創りたい一心」でも「しっくりこない」アイディアばかり、なんてのもある。その状態は考えが枯渇したように錯覚する。このエセ虚無感に、ドキッとしていまう。「やべぇ、もうしっくり来るアイディアは全部出し尽くしたのかーー」、だからね、ある時、この状況を逆手にとって、じゃだいたい「無」ってなんだよ?!って自問自答したら、なんだかね、おもしろくなったって話。
したらさ、「無を知る」vs「無知」、この言葉の矛盾関係、なんだこれ、もうすでに面白い。
でね、「何も考えていない」状態をどうビジュアルで表現するか、って事がおもしろく感じてきて、表現したいってなってね、、、「無」ってコンセプトが既に存在している所、ここだ!「すでに無って言葉や概念がある」から「無」を表現できる。ほんと面白い。
誰かが言ってたよ:「ドーナッツは穴があるからドーナッツ、穴がなければただの揚げパン。」 おもしろ!揚げパンの中心に「無」の部分を表現すると、ドーナッツになるのか!!! ほぇーーー、かっちょぇえ!

そして「ちょっとまて!これ二種類意味ができるな(英語の文法的に)」などとも思ったり、考えちゃったり。「Think of nothingness 無についてかんがえるのか?」 「Think nothingなにもかんがえないのか?」。。。まぁ面白いが永遠と続く。

更にはね、(エセ)虚無感を感じる時にね、きづいた。「無」というコンセプトはいつも存在するが「無」は存在しない。「無」というコンセプトに左右されているだけ。そう考えればね、なんかさ、都会のバス停の間隔じゃなくて、田舎のバス停、みたい。バス停はいつもある。バスも来る。ただ区間が長かったり、短かったりするだけ。エセ虚無感、エセ抜け出せない感、消えていく。だってエセだもんね

