今年感じるのは、平和を祈願しても、戦争は起こる、という確証。これでは戦争で亡くなった方達が浮かばれない、と思えば、祈る以外に「物事の考え方」自体をUpdateしなきゃね
戦争起こすのは政治家で、市民じゃない。政治家は、手を替え品を替え、口八丁手八丁、その論理とコンセプトをこねくりまわして、その武力行動を正当化する
っで、、、まぁ色々な価値観ある、しっかし今年びっくりしてるは、「政治家」を馬鹿正直に崇める人が結構いるのだと感じ得た事。過度の「お偉い方たち信仰」こそ民主主義風カルトじゃない? これらの人らは戦争を始める政治家を簡単に後押ししてしまうのだろうよ。自分の子供も戦地に行き、死体ゴロゴロ見ても、家も焼けても、気づかないかもしれない。最悪、こういう市民と政治家たちだけで戦争してほしい、と心から願うのだが、そういう訳にはいかないみたいなんだよな。。。
んで、核爆弾ね。昔からさ、核をもつ国に核を持つ事で、平和を保とうとする考えあるけどね、これがそもそも、もう古いんじゃないの?? って思っている。世界中から頭のいい人集めたら、解決策できないか、新しいイデオロギーが誕生できないか。。基金で人集めて、新しい平和概念をつくれないか、平和構築に向けてのシンクタンクとか。。。
だから、巷のさ、核兵器をもつかもたないかの議論や、もしくは憲法9条を死守しようってのは、、どちらにも違和感がある、俺はね。平和の作り方は1つじゃないでしょ?って信じたい。そこ考えよう!ってね。今までの概念を超越した、何か新しい思考で、できないかな、、おそらく。。。違うのかな、俺。。。
(百歩ゆずって、核を持つ同士の均衡を理解はするとしてもよ)そもそもこの政治家達がね、核の使い方がわからないバカだったら、どうすんのよ?って俺らは考えないとね。そもそも自分の国の災害やら疫病の対応も上手にできなくて、外国との交渉?外交?を「口」使っても下手な奴らに、武器???核??? 1000年早いよ。ただただデンジャラス
とにかく、自戒を含めて、色々な「古い」ことを握りしめてはいけない、と思ってる。「今までこうだったんだから!」なんて古いもの握りしめている人たちは「お国のための尽力」だとか「民主主義、自由を守るため」なんて、それらがどういう言葉の意味をもつかも知らないまま、突き進んでしまうよ。危ないよーーこの手は。
「今」が大切なのだから、「今」にあわせた文脈で、色々アップデートする必要がある。WHY?と聞けば、そこに回答があるような施策が必要だよ。とにかく、市民は、特に今の政治家達や政府に対してNAIVE、ナイーブ(鈍感)になるべきではない。疑ってナンボっすね
PS. 小さい時、図書館で中沢啓治の漫画をよく読んだ、はだしのゲンも何回も読みちぎったよ、広島弁がわかるくらい読んだよ。「ほーじゃけぇ」本当戦争は起こってはいけないって心から思っている
