アメリカ人ってどんな人だろう?って言ったところでマジで多種多様で、ジェネラリゼーションはできない。どこの国とも同様に、めちゃめちゃいい人もいるし、悪い人もいる。ただし外国人である私から、ボヤーっとした目でみると確かにそこには「一定の色」がみえる。
20年以上前、当時僕は、アメリカに着いたばかり、好奇心旺盛。まずはアメリカってなんだろうって思い大学のインディアン歴史や文化の授業を受講したんだよね。そこにいた教授がLakota族出身の人でした。
「アメリカ人は他人をバカにする人たちです」
これを聞いた時に「?」。意味がわからなかった。でも俺も当時たくさんバカにされたわけで、なんとなくその意図はすぐによくわかった。
この教授が伝えてくれたのは、アメリカ人は、例えば、外国人の英語のなまりやアクセントを非常にきにしていてバカにする、というのです。英語できない=アホだ、って人も2000年初めはまだまだいました。
まずは自分より下の方をみて、他人と比較して、自分を持ち上げてしまう風潮はイコール、自分たちのアイデンティティーへの不安感の裏返しだ、という事だそうです。
今米国は、大変そう。トランスジェンダー、銃規制、差別、宗教など、、、インターネットの情報も増えたし、自分が一体何者か、自分の意見は何か考える前に「大きな嵐」がやってきてしまう。ふわふわな自分は無知なまま大きな力(極右的な、極左的な)や意見に身を委ねる人もいるでしょう。それを持って、まず他を否定する、他を攻撃する事が昨今、流行している気がする。
自らが何が好きか嫌いかわかっていれば、他人の事はどうでもいいじゃん、と俺は思う。もしくはそういう興味のない関係ない場所に身を置かなければ問題ない。でもそれが我慢できない、他人と自分との意見の差異を否定しなくてはいけない。これをかり立たせる動機はなんんだろう、自分のアイデンティティが不安なのか、アメリカ人は自分の国の中で他のアメリカ人に主張する「私はアメリカ人だ!アメリカ人の権利が私にはある」、こういうバランスがほんと不思議なんだ。おれには中々理解に難しかった。
ただ俺が1つ言えるのは、
何はともあれ、言葉的にも物理的にも、暴力はいけない。
初めに書いたように、アメリカにはいろんな人がいる。その中で、俺的に、いいな!と思う人たちがいました。それは、自分の好きな事に没頭しているバカな人です。野球バカ、アメフトバカ、バスケバカ、波乗りバカ、ホットロッドバカ、バイクバカ、ビジネスバカ、研究バカ、博士バカ、天才バカ。(バカというのは純粋で屈託ないエクストリームな意味。)だからバカ正直で、バカ優しい、バカ温かい、バカ楽しい、そういういいバカがいます。(もちろん!本当のバカ、極悪バカもいるのがあの国の特徴だよね)一心不乱に取り組んでいる人たちは本当に楽しいし、自分は何が好きかわかっていれば「余計な嵐」も無視できるのだなーと思います。他人事、他人の国のことで、さしでがましいが、申し訳ないが、アメリカにはもっと「バカ」が増えて欲しい、ってマジで思う。
自分はもうアメリカに住むことに興味がない。他のことに興味があるからね。あそこでは十分な量の色々な事が起きたし、逃げずに立ち向かった。色々なことを学んだ。支えてくれた多くの人に心から感謝している。何よりもアメリカに住もう、と思った自分の決断と行動を誇りに思う(ピリオド)

