(また関係ない絵をのせてしまった、ま、いいか笑)さて。。。
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世の中、ぽい事だらけだ。
そのテクノロジーのおかげで多くの人が賛同しやすい「ぽい」ものが簡単に作れる世界になったって思う。その定型の世界の中で、客観的に賛同が保証される、アーティストっぽい、写真家っぽい、料理家っぽい、を体験できるのだ。誤解しないでくれよ、俺自身そういうスマートフォンの中の「それ」俺は嫌いじゃないんだ。会話のようで楽しいと思う。でも反面「俺は」理解しなくてはいけない事があると思っている。
「ぽい事」、多くの人が簡単にできればできる程に、多くの人、ぽくない事への努力へは遠のいていく。ぽくない事は時間がかかるのだ。そして「クリエーティブっぽい」成果物の価値はどんどん下がっていく。誰にでもアクセスできる簡単で早い「便利」なぽいモノ。誰もが探せる、できる、ぽいモノの影響は相対的にクリエーション(創造物)全体の価値も低くしていく。ぽくないクリエートできる人への感謝も減退していく。
では「ぽくない」とはなんだろう。
主観性100%の「自分だけがしっくりくる」事、客観的な正解のない事かもしれん
それの発見にはやはり鍛錬しかない。時間もかかる。賛同もされないであろう。だれも見向きもしないであろう、誰とも会わず自己に集中するんだ。そんな世界と毎日の中で、コツコツとひたすらに鍛錬をするのだ。
そこで見つかった希少な感覚に俺はずっとひかれている。
