私はよく「きみは考えすぎだ」と言われてきたね、でも、だから何?とおもうのよ、いつも。「人間は考える葦」なんだからね、考えて当然。考えすぎなんてことはない。
おれは「より【たくさん】考えている」だけなのだよ。
頭を空っぽにして、深呼吸をしよう!なんて事も、人は考えてアクションするわけでね。「考える」のを肯定的にうけとめてやんないと、色々おかしいことになっちゃうよ。
じゃ、考えすぎ=よくない、ってのはどこからきてるかって事なんだけど、これは、考えている事柄によるんじゃないかなって思うね。その仕組みを一回「考えた」ことがある。
簡単に言うと、人間の脳は、解決できないことほど、脳の中においておきたい、らしいね。例えば楽しかった事ってすぐ脳から消えていく、反面、いやな事は脳が、この事態を解消するにはどうしよう、と動き出す。それは今となってはどうしようない過去に起こった事でもだ。例えば会社で全く価値観の違う人との接し方なんかでいえばね、その人の生い立ちなどまで詮索して、あれこれ分析して「あー、だから、あの人とうまくいかないのだ」などと、考えこんでしまうとしましょう。(そういう風に考えこんでいる人がいたので、過去に)しかしだ、それって、持論で結論に至ったところでどうしようもない。何も変わらない事への脳のエネルギーの浪費はやめましょう。
だから、この人間の脳の特性をふまえ、考える事柄に注目すると、いいのじゃないかな、となんとなくですが、俺自身の経験をふまえ思う。考える事柄はさ。。。そうね、なにか一見難しいけど、具現化できそうなこと、変化が起こりそうなこと、に集中するといいかなんて、俺は思う。
例えばさ(そんな訳のわからない会社の人の事考えるより)「俺、モロッコにすみたい!」。。。これ言うだけで、なんかワクワクしない?ワクワクして、考えが止まらないよ。あ、こんなんで、ワクワクするのは俺だけか!。。。笑
だってさ自分の考えで、何か具現化できたら、なんでも楽しいもんねー。おれは、一生、とにかく考え抜いてみたい、って俺は考えているよ。考えすぎは別に悪くない、たくさん考えているだけなんだからね。
「量」はGood。問題は「質」ってのを今一度「考える」ってのもいいかもね
