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厳しい優しさと優しい厳しさ

私は大学スポーツのスタッフもしているのでとても身近なコンテンツでした。しばし考えてみました。なんとなくですが、、、おそらく脅迫的に(厳しくされない=酷になる)という強いメッセージ、これ若い世代に対して「昔はよかった」を押し付ける、老害マウントにもなりかねないVibeを感じました。

そして第一にイチローが自身が言っている事にはもっとコンテクストがある可能性があるはずです。本人から聞けばまた違うはず。イチローでなく「私もイチローに賛同する」という記者には、どこまでの理解で、切り取りで、ひとくくりに意見をしているのか、少し鵜呑みにしてはいけないブレーキが私にはかかりました。

言葉の定義でいうと、コンテクストちゃんと考えないといかんかもです。。例えば、単純に、厳しい優しさも優しい厳しさもあります。厳しさとは恫喝したりする事ではないし優しさとはゆとりを与える事でもないのです。

世代別対比に考える必要もないと思います。

「Leadership BS(リーダーシップの大嘘)」というJefferey Pfefferというスタンフォード大学の教授の本を読んでいます。ここに書いてあり私が興味をもったのは、多くのリーダーはカリスマ性を求めて自分のレジェンドトークをする傾向がある。しかし実際は、それが真実かどうかもわからないし、良いことしか言わないし、盛っているケースが多い。現在におかれた部下の課題の直接のソリューションにならないので、リーダーはリーダーの役目をはたせない、というのです。面白いですね。その通りかもしれません。偉そうに「俺は昔は、、、」など飲みの席で語る人を何人もみました。そして私が抱えていた課題を直接解決するために私から話を聞き、要綱抽出→課題解決のプロセスに時間を一緒にさいてくれた上司はいませんでしたね。

世代でくくる意味?なんなんでしょう。年寄りの自分が理解し得ないことを、ひとくくりにして安心したいのであれば、それは指導を受けたい側のためではない。指導する側のエゴや不安感でしかありません。

また、こういうスポーツの話ですと、すぐに「欧米では。。。」などという国別比較をする人がいるのですが、何かそれも違和感があります。例えばアメリカ。アメリカ人たちは文化的な倫理観を共有していないわけです。細かいコンテクストはなしに「戦争に勝つ」というゴール共有をする軍隊的で高圧的指導者を多くみてきました。もちろん優秀な指導者もいます、そうそう、だからこういうネタは、何かひとくくりにしてしまう事に危険性を感じます。

そういう話ではなく。。。

指導を受けたい人たちがいるわけなので、指導者と指導を受ける側の関係が成り立ちます。時代は1秒1秒かわります。ディマンドも変わります。その時その時の要綱がかわる事を察知し、どのような指導をすればいいか=ソリューション、を考え、提示できる人がコーチなのだと思うのです。厳しいソリューションもあるでしょうし、優しいソリューションもあるでしょう。

(例:時代に合わせ電気自動車が増えれば、音だけで車の接近を感知する指導はしなくなります。危険性はあたらしい形で回避する指導がうまれるはず)

そうそう、指導を必要としている人を軸に、要綱を検討・理解しない指導であれば、どんな人間もどんな時代でもどこの国でも、成長しにくい酷な状況になります。だからひとくくりに「厳しさ」のベネフィットを肯定したいのであれば、もしかすると「あなた」はコーチには向いていません。

コーチは難しい、だから常時勉強する必要がある。

昔私もスポーツ指導を受けた時は、その指導者がさらに「昔」のレジェンドトークをしていたわけですから。。。それを繰り返すのであれば、当事者不在の教育、、、これは不毛だと思うわけです。

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